るーむ四季

るーむ四季

以下の作品は同人誌「眩み惹かれ」の冒頭部です。
「眩み惹かれ」の詳細については下部リンクより確認出来ます。


黒獅子十号機の不時着の後、真っ先に意識を取り戻したのはランサードだった。
ドアは衝撃で歪み外れたのか見当たらない。ヤンシーはドリスを抱きかかえるように倒れており、意識はなさそうだが目立った外傷は見当たらない。ニクソンもヤンシーの隣にいたが、めくれた服から覗く脇腹に紫の薄い痣が出来ている。その見た目の痛々しさに顔をしかめながらランサードが痣に触って検分していると、ニクソンは軽い吐息を漏らして目を開けた。
「……ここは……?」
「さあな。少なくともフェジテではあるらしいが」
ニクソンはまだ朦朧としているらしい表情で頷くと、下を見た。ニクソンの視線の先に脇腹に触れる自分の指先があることに気付くとランサードは指を離し、悪い、とニクソンに謝罪した。
「良いのですよ。謝るようなことはしていないようですから」
言われて、ランサードは指を後ろで組んで床に目を落とした。ニクソンの言う通り、ランサードは怪我の様子を確認していただけだというのに、ランサードは何かに後ろめたさを感じていた。ランサードは悪い、ともう一度呟くとそれきり押し黙った。
沈黙は数十秒に渡った。気まずく目を逸らしたままのランサードは気付かなかったが、沈黙の間にニクソンは何かを考えるように宙に視線をやっていた。そして、こんなことを尋ねた。
「私が教会を焼いたと聞いた時、あなたはどう思いましたか?」
問いかけは意外なもので、ランサードはとっさに何の反応も出来なかった。顔を上げると、ニクソンはいつも浮かべている柔和な笑みを消してランサードの瞳を見つめており――その表情から、生半可な、あるいは中途半端な答えなどは許されていないことをランサードは悟った。
「……そうだな」言葉と共に吐き出した息は長く深いものだった。「初めに聞いた時は驚いた。……それから、同じだと思った」
同じ、とニクソンはランサードの言葉を反芻し、意味を受け取り損ねたと言いたげに小首を傾げた。何と言えば伝わるだろう、と考えながら、ランサードはゆっくりと続ける。
「俺が逃げたこととお前が教会を焼いたこと。そこに至るまでの過程は似ている。……俺もお前も、同じようなものから逃げている。……そう思った」
言ってから、ランサードは自分の言葉に納得した。正義のために選んだバウンティハンターという仕事が人殺しと変わらないと悟った時、正しいと信じていた行いの全てが裏切りに変わった時。二人が抱いた感情は、きっと同じものだっただろう。
「そうですか……」
小さな溜息の後、ニクソンはそう言った。「ありがとうございます」と言うといつもの穏やかさを取り戻し、ランサードに微笑みかけた。その笑みは何も知らない少女のように無垢で、可愛い、とランサードが思わず感じてしまうほどのものだった。
(可愛い?)
思い返して、ランサードは頬を熱くした。声変わりもまだの少年ならともかく、三十路で家庭を持ったこともある男を可愛いと思うことなどランサードの今までの人生ではなかったし、今後もあるわけがないと思っていた。だというのに、と思うと頬はなお熱を帯びる。これ以上考えるのはやめたと首を振ると、ランサードは傾いだ機内を歩きだした。
「ランサード?」
「外の様子を見てくるだけだ。一人でも問題はない」
お気を付けて、と見送るニクソンの声を背にしてランサードは外へ出た。
時刻は正午を過ぎた辺りなのだろうか、赤い草葉は木々の隙間から陽光を受け白く照り、ランサードの目を焼いた。目を細めながら辺りを見渡した。草木を誰かが踏みしめた様子もなく、人の気配も感じられない。森の中に深く入って行けばもっと多くのことが分かるかもしれないが、三人を残している手前、それは出来ない。ランサードは機内に戻ることにした。
「お帰りなさい」
「おかえりなさい……」
ニクソンとドリスに迎えられ、ああ、と返事をしてランサードは二人のそばに座った。ドリスの膝の上にはヤンシーの頭があり、彼女はまだ目を覚ましていないようだ。ドリスの声に元気がなかったのはそれが原因だろう。
「寝ているだけですね」寝相で乱れたヤンシーの服を直しながら、ニクソンは説明した。「もっとも夢見は悪いようですが……彼女が目を覚まして何も問題がないようでしたら、出来るだけ早くここを抜けましょう」
ここは南紅樹の森と呼ばれているらしい、などという情報を聞きながら、ランサードは何とはなしにニクソンを見ていた。うなされるヤンシーを見て不安がるドリスをなだめているニクソンの姿や態度はいつも通りで、変わった様子などはない。それでもあえて変わった点を挙げるとすれば――それは、ランサード自身の心境だけだ。
どう変わったか、なんてことは自分が一番よく分かっている。だからランサードは何も言わず、ニクソン達を見つめていた。

「眩み惹かれ」詳細ページ

inserted by FC2 system