るーむ四季

るーむ四季

以下の作品は同人誌「眩み惹かれ」内収録「君に手遅れ」の一部です。
「眩み惹かれ」の詳細については下部リンクより確認出来ます。


「東部大陸も雪、か」
船から降りてランサードは空を見上げ、誰に言うでもなく呟いた。手袋の中で指はすっかりかじかんでいる。それはヴィルジニーも同じのようで、新調したばかりのマフラーに鼻まで埋めて白い息を吐いている。
雪に覆われた世界は美しいが、それ以上に寒い。霜焼けで武器を手に取ることが出来なくなっては何の意味もないからと、数年前から二人は冬のたびに旅を中断しどこかへ定住するようにしていた。
一昨年は南紅樹の屋敷、去年は王都にあるヤンシーらの宅。そして今年はホーイック、ニクソンの家に厄介になることが決まっている。
ホーイックにはたびたび訪れているが、ニクソンに会えると思うとランサードはいつも通り気分が昂った。いつもなら長くて一週間の滞在だが、今回は冬の間中。何があるわけでもないが、そばにいられるだけでランサードは充分だった。
「ねえランサード」呼びかけるヴィルジニーの身体は寒さで微かに震えている。「宿で少し休まない? ホーイックは近いけど、もう暗いしこのまま歩いても効率が悪いと思うんだけど」
時刻はもう夕方、外は既に藍に染まり冷え込みを一層厳しくしている。この辺りで一度休むというヴィルジニーの提案は魅力的なものだが、ランサードはかぶりを振った。
ランサードが休憩を選ばなかったことには二つの理由がある。この時間帯に休憩を始めれば一晩をここで過ごすことになり、前もってニクソンに伝えていた予定からずれるというのが一つ。そしてもう一つは――早くニクソンに会いたい、と心が急いているためだ。
「……はいはい」
却下されることは予期していたようで、ヴィルジニーはあっさりと引き下がって歩き始めた。休めないなら先を急ごう、というわけか。ランサードは重い荷物を担ぎ直し、彼女の後を追った。

ニクソンの歓迎は丁重なものだった。隅まで暖房の行き届いた部屋に湯気を立てる食事。凍えた身体は芯まで温まり、外の雪景色に見惚れる余裕も出来た。
「冬はお嫌いですか?」
ニクソンに問われ、ランサードは沈黙した。嫌いだ、と言い切るにはためらいがあるが、好きではない。しばし迷ってから、結局ランサードは「どちらかといえばな」と曖昧に返事をした。
「私も同じ。好きになる理由がない」
「そうですか。中々良いものだと思うのですが」
食後のコーヒーの用意をしていたニクソンはそこで顔を上げ、ほら、と部屋の隅を指した。そこには人形や星で飾られたモミの木、いわゆるクリスマスツリーが置かれている。そういえばと外に通じるドアを見ると、そこにはリースがぶら下がっていた。長く使って
いるものなのか年季は感じるが、それ以上に丁寧な手入れを想像させる品だった。
「綺麗なものでしょう? クリスマスは仕事の上でも外せないイベントですし……何より、好きなんです」
嬉しそうに微笑むニクソンを見ながら、そんなものもあったな、とランサードは呟いた。
信仰を持たず、自身の誕生あるいは製造に何の感慨もなく、世間から離れて生きるランサードとヴィルジニーは祝い事とは無縁だ。めでたい日だからどこかで洒落込もうという気配りもなければ、そんな間柄でもない。二人にとって祭日とは、ただの知識でしかないのだ。
 そうなんですか、と少し意外そうにニクソンは相槌を打ったが、この話題はそれ以上広がらなかった。話題はごく自然に遷移し、和やかな時間が過ぎた。
「何のお祝いもないのは、寂しくないのですか」
ニクソンがそう訊いたのは、眠気を覚えたヴィルジニーが寝室へ行った後のことだった。飲み物はコーヒーから酒に変わり、二人の距離は親密に近付いている。もたれかかるニクソンの体重と温もりを心地良く受け止めながら、ランサードは「そうだな」と返した。
「随分昔からそんなことはしていないからな。ただ……あったらあったで悪くないものだろうな」
ランサードの呟きから、数分の沈黙が続いた。無防備に垂れているニクソンの手を握ると、まどろむようにランサードは目を閉じる。寄り添う静かな時間は愛しかったが、永遠ではない。ニクソンは優しくランサードの手をほどくと立ち上がり、テーブルの上の空のグラスをシンクへ運んだ。酔いと眠気で曖昧な頭のままランサードは座っていたが、ニクソンが戻ってくると立ち上がって優しく抱き締めた。
抱き合ったまま何度かキスを交わし、会いたかったと耳元で囁いてランサードは舌を挿れる。耳の軟骨に沿ってじっくり舌を這わせると、くすぐったそうにニクソンは笑みをこぼした。ランサードの首に押し付けるようなキスをしたまま、ニクソンもまた囁いた。
「……ベッドの用意は出来ています」
誘惑に抗う必要はなかった。

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